2010年03月10日 伊坂幸太郎『終末のフール』

「苗場君ってさ、明日死ぬって言われたらどうする?」
俳優は脈絡もなく、そんな質問をしていた。
「変わりませんよ」
苗場さんの答えはそっけなかった。
「変わらないって、どうすんの?」
「ぼくにできるのは、ローキックと左フックしかないですから」
「それって練習の話でしょ?というかさ、明死ぬのに、そんなことするわけ」
可笑しいなあ、と俳優は笑ったようだ。
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」
文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。
「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
(伊坂幸太郎『終末のフール』集英社文庫、P.220)
この短編小説集は、八年後に小惑星が地球に衝突し地球が滅亡するという状況の中で、人々がどのように残された時間を生きようとするかを何人かの人に焦点を当てて書いている。上に紹介した苗場さんというのは、寡黙なキックボクサーで、「明日死ぬって言われたらどうすんの?」と饒舌さが売りの俳優に聞かれて、「ぼくにできるのは、ローキックと左フックしかないですから」と答える。
世界の終末を舞台にしたSF小説は沢山あるのだろうけど、死んだ父親の書斎にある三千冊の本を四年かけて読み終える少女や、生真面目なキックボクサーや、演劇俳優など、奇抜なキャラクター設定だけではなく、自分ならどうするだろうと考えさせるところが良かった。
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」
「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
2010年03月02日 31歳になりました
3月2日で31歳になりました。大勢の方から誕生日のお祝いのメッセージをいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました!
抱負は2010年の初めに立てたので、その初心を自分の中で忘れず毎日過ごします(「過ごしたいと思います」だと過ごさないような気がするので、「過ごします」にしました)。
抱負は2010年の初めに立てたので、その初心を自分の中で忘れず毎日過ごします(「過ごしたいと思います」だと過ごさないような気がするので、「過ごします」にしました)。
2010年03月01日 地震と雷
昨日の2月28日は、夜中に地震で目を覚ました。午前4時前くらいだったと思う。震度3くらいの揺れだったが、カブールに来てからあまり地震を経験してないので少し怖かった。
しかし、本で読んだところでは、2000年頃は大きな地震が頻繁に起こっていたようだ。記憶に新しいところでは、イランのバム地震やパキスタン北部地震などもあるので、南西アジア地域はもともと地震が多い所なのかもしれない。
28日は、更に夕方には雷が鳴った。雷鳴を聞いて「また自爆テロか」と一瞬勘違いして靴を履き変えたが、雨音で勘違いに気がついた。
早くもR&Rが必要かもしれない。
しかし、本で読んだところでは、2000年頃は大きな地震が頻繁に起こっていたようだ。記憶に新しいところでは、イランのバム地震やパキスタン北部地震などもあるので、南西アジア地域はもともと地震が多い所なのかもしれない。
28日は、更に夕方には雷が鳴った。雷鳴を聞いて「また自爆テロか」と一瞬勘違いして靴を履き変えたが、雨音で勘違いに気がついた。
早くもR&Rが必要かもしれない。
2010年02月28日 ツィッターのリプライは自動的に通知されない件について
つい最近気がついたことなのだが、ツィッターのリプライ(返信)は自動的にメールで通知がされない。
ツィッターでは、発信者が受信者宛てに「@ユーザー名」という形で公開メッセージのようなものを送ることができるのだが、受信者はタイムライン上ではそれを見ることができるものの、メールで自動的に通知してはくれないのだ。これは衝撃の事実だ。僕みたいに、ホーム画面の右「@ユーザー名」の中に山ほど自分宛のメッセージが入っているけど全く気がついていないという人もいるかもしれない。
もちろん、右側にある「@ユーザー名」をクリックすることで確認できるのだが、自分からわざわざ確認をしに行かないといけないというアクションを求められるのは、真新しいメールアドレスが一個増えたみたいでとても面倒だ。
僕みたいな横着者にはリプライの自動通知サービスが欲しい。探してみたら、あらったーというサービスを見つけた。これに登録するだけで、誰かが自分のことを書いた時に、指定したメールアドレスに自動通知してくれるようになる。これは便利だ。横着者にお勧め。
ツィッターでは、発信者が受信者宛てに「@ユーザー名」という形で公開メッセージのようなものを送ることができるのだが、受信者はタイムライン上ではそれを見ることができるものの、メールで自動的に通知してはくれないのだ。これは衝撃の事実だ。僕みたいに、ホーム画面の右「@ユーザー名」の中に山ほど自分宛のメッセージが入っているけど全く気がついていないという人もいるかもしれない。
もちろん、右側にある「@ユーザー名」をクリックすることで確認できるのだが、自分からわざわざ確認をしに行かないといけないというアクションを求められるのは、真新しいメールアドレスが一個増えたみたいでとても面倒だ。
僕みたいな横着者にはリプライの自動通知サービスが欲しい。探してみたら、あらったーというサービスを見つけた。これに登録するだけで、誰かが自分のことを書いた時に、指定したメールアドレスに自動通知してくれるようになる。これは便利だ。横着者にお勧め。
2010年02月27日 2010年2月26日の自爆テロ
パーク・レジデンス・ホテルが標的にされたという事実は、ズシンと応えるものがある。カブール・シティ・センター、及び、その中にあるサフィ・ランドマーク・ホテルが狙われたという書きぶりが当初の報道では一般的だったが、時間が経つにつれて事件の内容が明らかになって来た。
わかりやすい記事はニューズウィークの記事だろう。
The Kabul Bombings: It Could Have Been Us
http://www.newsweek.com/id/234211/page/1
記事を書いた記者は、これまではいつもパーク・レジデンス・ホテルを利用していたが、最近になり別のホテル(セントラル・ホテル)を利用するようになったという。だから、記事のタイトルは「It Could Have Bees Us(それは自分達だったかもしれない)」だ。これは今回の事件を受けて、カブールに住む援助関係者が皆感じたことだろう。むしろ、今回の事件がはじまりではなく、2008年1月のセレナ・ホテル襲撃事件からその予兆が現れていたと言う方が妥当かもしれない。そして、今回のテロでそれをまざまざと見せつけられたというだけのことなのだろう。
記事の2ページ目によれば、犯人達は当日の午前6時30分頃、ユーロ・ゲストハウスの前に車を停めて待機していたらしい。そして、その後、アタッカーは車を去り自動車爆弾を爆発。ユーロ・ゲスト・ハウスの大半を粉々にした。一人の爆弾の詰まったベストを着たアタッカーはゲストハウスに入り、追い打ちをかけるように自爆。
一方で、パーク・レジデンス・ホテルに向かったアタッカーは、ゲートとそこにいる警備員に向かいRPGを発砲。自分が通れる道を確保し、ゲストハウスとカブール・シティ・センター内で発砲と爆発を繰り返したようだ。
記者はこう言っている。
「I have covered wars in Vietnam, the Middle East, and Central America, but never have I been as shaken as I was this morning.(私はベトナム戦争、中東地域、中南米をカバーしてきたが、今朝ほど恐怖で震えたことはない)」。
更に衝撃的なのは、記事の3ぺージ目に書かれていることだ。なんと、自爆テロ犯達は、記者たちが滞在していたホテルのゲートまで来て中に入ろうとしたことがオーナーの話とビデオカメラによる映像でわかったのだ。そのホテルの警備員達は上手く立ち回り、標的を免れたのだという。
ターゲットが直前で変わったという衝撃、良く練られた計画であるという驚き、そして、RPGでゲートを吹き飛ばしてから内部に侵入したという手口。数年前の単発的なIED攻撃や自動車を狙った自爆テロとは、全く異なる洗練された手法を採っていることがわかる。ここまで洗練されてくると、かなり厳重な警備をした宿泊施設でも侵入を許してしまうかもしれない。
こうした背景を見てみると、確かに犠牲者の多くはインド人だったが、必ずしもインド人を当初から狙っていたわけではないかもしれないという推論が成り立つ。インド大使館への過去2度のテロ攻撃との関係でインドをターゲットにしていたという報道が数多くされているが、本当は狙える外国人であれば誰でも良かったという動機も捨てきれないと私は考える。
It could have been us。それは自分達だったかもしれない。
わかりやすい記事はニューズウィークの記事だろう。
The Kabul Bombings: It Could Have Been Us
http://www.newsweek.com/id/234211/page/1
記事を書いた記者は、これまではいつもパーク・レジデンス・ホテルを利用していたが、最近になり別のホテル(セントラル・ホテル)を利用するようになったという。だから、記事のタイトルは「It Could Have Bees Us(それは自分達だったかもしれない)」だ。これは今回の事件を受けて、カブールに住む援助関係者が皆感じたことだろう。むしろ、今回の事件がはじまりではなく、2008年1月のセレナ・ホテル襲撃事件からその予兆が現れていたと言う方が妥当かもしれない。そして、今回のテロでそれをまざまざと見せつけられたというだけのことなのだろう。
記事の2ページ目によれば、犯人達は当日の午前6時30分頃、ユーロ・ゲストハウスの前に車を停めて待機していたらしい。そして、その後、アタッカーは車を去り自動車爆弾を爆発。ユーロ・ゲスト・ハウスの大半を粉々にした。一人の爆弾の詰まったベストを着たアタッカーはゲストハウスに入り、追い打ちをかけるように自爆。
一方で、パーク・レジデンス・ホテルに向かったアタッカーは、ゲートとそこにいる警備員に向かいRPGを発砲。自分が通れる道を確保し、ゲストハウスとカブール・シティ・センター内で発砲と爆発を繰り返したようだ。
記者はこう言っている。
「I have covered wars in Vietnam, the Middle East, and Central America, but never have I been as shaken as I was this morning.(私はベトナム戦争、中東地域、中南米をカバーしてきたが、今朝ほど恐怖で震えたことはない)」。
更に衝撃的なのは、記事の3ぺージ目に書かれていることだ。なんと、自爆テロ犯達は、記者たちが滞在していたホテルのゲートまで来て中に入ろうとしたことがオーナーの話とビデオカメラによる映像でわかったのだ。そのホテルの警備員達は上手く立ち回り、標的を免れたのだという。
ターゲットが直前で変わったという衝撃、良く練られた計画であるという驚き、そして、RPGでゲートを吹き飛ばしてから内部に侵入したという手口。数年前の単発的なIED攻撃や自動車を狙った自爆テロとは、全く異なる洗練された手法を採っていることがわかる。ここまで洗練されてくると、かなり厳重な警備をした宿泊施設でも侵入を許してしまうかもしれない。
こうした背景を見てみると、確かに犠牲者の多くはインド人だったが、必ずしもインド人を当初から狙っていたわけではないかもしれないという推論が成り立つ。インド大使館への過去2度のテロ攻撃との関係でインドをターゲットにしていたという報道が数多くされているが、本当は狙える外国人であれば誰でも良かったという動機も捨てきれないと私は考える。
It could have been us。それは自分達だったかもしれない。
2010年02月26日 寺島実郎『世界を知る力』

新宿の紀伊国屋で寺島実郎著『世界を知る力』を買って読んだ。堀紘一もそうだが、自分の頭でしっかりとものを考えて書いている人だと思う。
筆者は、日本がアメリカというレンズを通してしかモノを見ていないことに警鐘を鳴らす。戦後65年経った現在でも、外国軍が国内に駐留しているということが世界の中で、如何に不自然なことか、そして日本人の歴史観がそういうパースペクティブによってどれほど規定されてしまっているのかを前半で書いている。
例えば、日本はペリーの浦賀来航を外国からの脅威のはじまりとして捉えているが、実はロシアの脅威はそれよりも前からはじまっており、それに伴って北海道の開拓が並行して行われてきたことを、自分が見聞したことをもとに描写している。こういう発見は、日々物事を観察し、自分で考えて、点と点を線でつなぐような思考をしていないと出来るものではない。
読者は、世界の見方が転倒してしまうような感覚を持つだろう。
こういう切り口は、ニーチェ、レヴィ・ストロース、エドワード・サイード、浅田彰など、系譜学や構造主義やポスト構造主義を唱えた学者と似ている。筆者が自覚しているかどうかはわからないが、ポストモダンとの共通点があると僕は思う。
人間の世界観は視点によって縛られている。その限界を謙虚に受け止めて、明らかになっている事実から推論を積み重ねることでしか知は生まれえないのではないか。
そういえば、ブラッドフォードで方法論を教えている教授に、「僕は英語しかわからないから、英語の文献しか読めない。だから、英語世界の情報しか得られない。それは自分の限界だと思っている」と謙虚に述べる方がいた。あの教授の態度は素晴らしかった。自分も見習うべきだと感じた。
全ての援助関係者もこうした視点で仕事に望めばいいと思うのだが、現実はどうだろうか。「自分は英語しか喋れないから、世界の認識も偏っている」と言える人がどれくらいいるだろうか。自分のことも戒めてみる。
2010年02月25日 雑感
休暇で日本に2週間ほど一時帰国していたが、今日カブールに戻って来た。
羽田から関空経由でドバイに行ったのだが、体調が少し優れなかったので関空-ドバイ間で揺れが激しい時に気持ち悪くなってしまった。しかし、その後は嘘のように元気になり、ドバイではターミナル1のフードコートでインド・カレーとチャパティ3枚を食べてしまった。僕だけかもしれないが、2週間日本にいると、南アジア料理が食べたくなるから不思議なものだ。
フードコートのマクドナルドには、世界のグローバル化、あるいは、アメリカ化を象徴するかのように、アラブ人による長蛇の列が出来ていた。隣にあるレバノン料理屋には全然アラブ人は並んでいなかった。伝統衣装を着たアラブの人々がマクドナルドを頬張る姿はなかなかインパクトがある。
カレーを食べて食欲が湧きだしたのか、ドバイ-カブール間の機内食も全部食べた。
カブールに着いて車でゲストハウスまで移動すると、早速、新しい部屋を提供してくれるようにレセプションに頼んだ。これまで滞在していた部屋は、バスルームと部屋の間にしっかりとしたドアがなくてあまり好きではなかったのだ。他の面では満足していたが、匂いがバスルームと部屋の間を行き来してしまうのでそれが嫌だったので変えてもらった。
というわけで、
(1)トイレと部屋の仕切りドアがあるかどうか
(2)お湯がちゃんと出るかどうか
(3)勉強机があるかどうか(ダリ語の先生が来るので)
の3点に注意しながら4部屋ほど点検させてもらった。その中で全部条件を満たしている所に移り住むことに決めた。場所は、前の部屋の向かいの隣の隣。ほとんど場所は変わっていないが部屋が大きくなったし問題点がクリアになったので良かった。
しかし!全て荷物を運びこんでから気がついたのだが、部屋には冷蔵庫が備え付けられてなかった。帯に短しタスキに長しというやつか!?他にも電源の延長ケーブルが1つしかなく、机周りで電源がとれない。レセプションにすぐに電話をして、冷蔵庫と延長ケーブルを運ぶようお願いした。10分くらいですぐにボーイが搬入してきてくれた。なかなか対応が早いではないか!
前回の帰国時はいきなり鍵が紛失していたことを考えれば、幸先のいいスタートだと言えるだろう。暖房がセントラル・ヒーティングしかないので少し寒いが、カブールの気温は東京よりも少し高いくらいなのでなんとかなりそうだ。
また3ヶ月仕事に打ち込むとしよう。
羽田から関空経由でドバイに行ったのだが、体調が少し優れなかったので関空-ドバイ間で揺れが激しい時に気持ち悪くなってしまった。しかし、その後は嘘のように元気になり、ドバイではターミナル1のフードコートでインド・カレーとチャパティ3枚を食べてしまった。僕だけかもしれないが、2週間日本にいると、南アジア料理が食べたくなるから不思議なものだ。
フードコートのマクドナルドには、世界のグローバル化、あるいは、アメリカ化を象徴するかのように、アラブ人による長蛇の列が出来ていた。隣にあるレバノン料理屋には全然アラブ人は並んでいなかった。伝統衣装を着たアラブの人々がマクドナルドを頬張る姿はなかなかインパクトがある。
カレーを食べて食欲が湧きだしたのか、ドバイ-カブール間の機内食も全部食べた。
カブールに着いて車でゲストハウスまで移動すると、早速、新しい部屋を提供してくれるようにレセプションに頼んだ。これまで滞在していた部屋は、バスルームと部屋の間にしっかりとしたドアがなくてあまり好きではなかったのだ。他の面では満足していたが、匂いがバスルームと部屋の間を行き来してしまうのでそれが嫌だったので変えてもらった。
というわけで、
(1)トイレと部屋の仕切りドアがあるかどうか
(2)お湯がちゃんと出るかどうか
(3)勉強机があるかどうか(ダリ語の先生が来るので)
の3点に注意しながら4部屋ほど点検させてもらった。その中で全部条件を満たしている所に移り住むことに決めた。場所は、前の部屋の向かいの隣の隣。ほとんど場所は変わっていないが部屋が大きくなったし問題点がクリアになったので良かった。
しかし!全て荷物を運びこんでから気がついたのだが、部屋には冷蔵庫が備え付けられてなかった。帯に短しタスキに長しというやつか!?他にも電源の延長ケーブルが1つしかなく、机周りで電源がとれない。レセプションにすぐに電話をして、冷蔵庫と延長ケーブルを運ぶようお願いした。10分くらいですぐにボーイが搬入してきてくれた。なかなか対応が早いではないか!
前回の帰国時はいきなり鍵が紛失していたことを考えれば、幸先のいいスタートだと言えるだろう。暖房がセントラル・ヒーティングしかないので少し寒いが、カブールの気温は東京よりも少し高いくらいなのでなんとかなりそうだ。
また3ヶ月仕事に打ち込むとしよう。
2010年02月23日 ホームページの写真追加
久々にホームページの方に写真をアップしてみましたので、もしよろしければご覧下さい。アフガニスタン国内の貴重な(?)写真です。

http://www.kenta-aoki.com/photos/takhar/takhar.html
↑タハール州の写真(11枚)

http://www.kenta-aoki.com/photos/nangarhar/nangarhar.html
↑ナンガルハル州の写真(13枚)

http://www.kenta-aoki.com/photos/takhar/takhar.html
↑タハール州の写真(11枚)

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↑ナンガルハル州の写真(13枚)







