2009年05月06日 世界
世界の構造について知りたい。
確かに、自分の人生をいかに生きるか、という問いかけが常に自分の中にはある。しかし、それだけを考えて生きることは、自分の欲求を満たすためだけの自己中心的な人生になってしまうと思う。
自分の人生が営まれる枠組みというのは、自分を取り巻く世界に他ならないのだから、世界について知る必要がある。いや、義務的にそう感じるのではなく、世界がどうなっているのか、その構造はどのようなものなのか、どういった力学が働いていて、どうしてあらゆる社会に起こっている現象が発生しているのか、そういったことが単純に知りたいのだ。
世界と言う言葉は漠然としているので、少し噛み砕くと、自分の周囲を取り巻く社会全体のことが、この場合の世界に当たるのだろうし、それは国際社会全体という範囲から、日本社会、地域社会(地域社会という枠組みが東京にあるのかどうかは疑問だが)、家族など小さな範囲までが含まれるのだろう。「世界」の中に「自己」は含まれていて、「自己」は「世界」に程度の差こそあれども外的影響を受けている。
僕は、世界の構造について知りたい、と思う。社会と自分と他人と人々と、そういった物と物の間にある関係性に興味がある。
そして、現状を分析するだけではなく、それを良い方向に改善して行きたいと思う。何不自由なく生まれ育ってきたのだから、世界の中で何かを成し遂げたいし、ディファレンスを残したいと思う。人間はいつか滅びるのだから、努力してもしなくても、楽しく生きればいい。そういう考え方も確かに可能だろう。しかし、この基本的な人生への態度という部分で、ポジティブになるかネガティブになるかで人生は全く違うベクトルに向かって進み始めるものなのだろう。
世界の構造について知りたいのは、好奇心があっていい事だが、そこで思考が停止していたら、第三者的に世界を眺めるだけの世捨て人に終わってしまう。世界と自分の関係性を考えた場合、自分はその世界の構造の中で何が出来るのかを追求していかなければならない。それは、これまでに重ねてきた経験と知識と専門性を活かして、その中でも「自分にしかできない」事で、加えて、「世界が求めている」事を追求することに他ならない。
そうすると、僕(たち)がやらなければならない事が、ハッキリと見えてくる。
自分にしかできない事は何か。
そして
世界が求めている事は何か。
確かに、自分の人生をいかに生きるか、という問いかけが常に自分の中にはある。しかし、それだけを考えて生きることは、自分の欲求を満たすためだけの自己中心的な人生になってしまうと思う。
自分の人生が営まれる枠組みというのは、自分を取り巻く世界に他ならないのだから、世界について知る必要がある。いや、義務的にそう感じるのではなく、世界がどうなっているのか、その構造はどのようなものなのか、どういった力学が働いていて、どうしてあらゆる社会に起こっている現象が発生しているのか、そういったことが単純に知りたいのだ。
世界と言う言葉は漠然としているので、少し噛み砕くと、自分の周囲を取り巻く社会全体のことが、この場合の世界に当たるのだろうし、それは国際社会全体という範囲から、日本社会、地域社会(地域社会という枠組みが東京にあるのかどうかは疑問だが)、家族など小さな範囲までが含まれるのだろう。「世界」の中に「自己」は含まれていて、「自己」は「世界」に程度の差こそあれども外的影響を受けている。
僕は、世界の構造について知りたい、と思う。社会と自分と他人と人々と、そういった物と物の間にある関係性に興味がある。
そして、現状を分析するだけではなく、それを良い方向に改善して行きたいと思う。何不自由なく生まれ育ってきたのだから、世界の中で何かを成し遂げたいし、ディファレンスを残したいと思う。人間はいつか滅びるのだから、努力してもしなくても、楽しく生きればいい。そういう考え方も確かに可能だろう。しかし、この基本的な人生への態度という部分で、ポジティブになるかネガティブになるかで人生は全く違うベクトルに向かって進み始めるものなのだろう。
世界の構造について知りたいのは、好奇心があっていい事だが、そこで思考が停止していたら、第三者的に世界を眺めるだけの世捨て人に終わってしまう。世界と自分の関係性を考えた場合、自分はその世界の構造の中で何が出来るのかを追求していかなければならない。それは、これまでに重ねてきた経験と知識と専門性を活かして、その中でも「自分にしかできない」事で、加えて、「世界が求めている」事を追求することに他ならない。
そうすると、僕(たち)がやらなければならない事が、ハッキリと見えてくる。
自分にしかできない事は何か。
そして
世界が求めている事は何か。
2009年05月01日 挑戦
日本に帰ってきてから、専ら考えていることと言えば、自分自身が「どうやってこの人生を生きていくか」ということの一点に尽きるような気がする。
自己中心的で、わがままで、傲慢な考えかもしれないけど、たった一度きりの自分の人生をどうやって生きていくかをマジメに考えて、それを誰が否定できるだろう。そんな殊勝なことを言って、自分を正当化し、慰めてみたりする。
アフガニスタンを離れてパキスタンに住むようになって以来、僕は、ずっとある種の場違い感を感じ続けている。今、ここにいることが場違いな感じ。僕はここで何をしているのだろう。なんでここにいるのだろう。本当にここにいるべきなのだろうか。イスラマバードにいる間、ずっとその感覚から逃れられなかったので、僕は結局仕事を辞めて日本に戻ってきた。
日本では、アフガニスタンに戻ることができる仕事を探してきた。しかし、見つからないまま8ヵ月が経ってしまった。その間も、イスラマバードで感じていたのと同じような場違い感に心を支配されながら、死んだように生きている。僕は生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。
自分の頭の悪さが嫌になる。あと一歩、もう一歩を越えられない自分が腹立たしかった。脳天をシャベルでカチ割って、ストローでチューチュー吸ったら少しはまともになるのではないかと思った。
でも、現状を嘆くだけでは、何も変わらないことは同時に解かっていた。夢を掴めないと諦めていたら、一生掴めないままだ。こんなこと100回や200回は当たり前なはず。
頑張って掴める未来なら、、頑張ろうと思った。
勉強して切り開ける未来なら、死ぬほど勉強してやればいい。
そう思えた時に、何かが吹っ切れた気がした。たぶん、僕にはある種の甘えがあって、本当に苦しんだことがないのだろう。追い込まれて、獲得できなければ死ぬような、そういうギリギリの戦いを、心のどこかで避けて来たのだろう。
僕は、もう目の前の現実から逃げない。たとえ、上手く行かなくて体がボロボロになったとしても、叩きのめされて心がズタズタになったとしても、僕は自分の夢を掴むために挑戦し続ける。
頑張って掴める未来なら、頑張ろうと思った。
勉強して切り開ける未来なら、死ぬほど勉強してやればいい。
100万回、1億回、挫けそうになっても、頑張りさえすればいいのならやってみよう。
挑戦。
僕は自分の周りにある壁をぶち壊す。
逆境こそ成長のチャンスだと自分に言い聞かせながら。
自己中心的で、わがままで、傲慢な考えかもしれないけど、たった一度きりの自分の人生をどうやって生きていくかをマジメに考えて、それを誰が否定できるだろう。そんな殊勝なことを言って、自分を正当化し、慰めてみたりする。
アフガニスタンを離れてパキスタンに住むようになって以来、僕は、ずっとある種の場違い感を感じ続けている。今、ここにいることが場違いな感じ。僕はここで何をしているのだろう。なんでここにいるのだろう。本当にここにいるべきなのだろうか。イスラマバードにいる間、ずっとその感覚から逃れられなかったので、僕は結局仕事を辞めて日本に戻ってきた。
日本では、アフガニスタンに戻ることができる仕事を探してきた。しかし、見つからないまま8ヵ月が経ってしまった。その間も、イスラマバードで感じていたのと同じような場違い感に心を支配されながら、死んだように生きている。僕は生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。
自分の頭の悪さが嫌になる。あと一歩、もう一歩を越えられない自分が腹立たしかった。脳天をシャベルでカチ割って、ストローでチューチュー吸ったら少しはまともになるのではないかと思った。
でも、現状を嘆くだけでは、何も変わらないことは同時に解かっていた。夢を掴めないと諦めていたら、一生掴めないままだ。こんなこと100回や200回は当たり前なはず。
頑張って掴める未来なら、、頑張ろうと思った。
勉強して切り開ける未来なら、死ぬほど勉強してやればいい。
そう思えた時に、何かが吹っ切れた気がした。たぶん、僕にはある種の甘えがあって、本当に苦しんだことがないのだろう。追い込まれて、獲得できなければ死ぬような、そういうギリギリの戦いを、心のどこかで避けて来たのだろう。
僕は、もう目の前の現実から逃げない。たとえ、上手く行かなくて体がボロボロになったとしても、叩きのめされて心がズタズタになったとしても、僕は自分の夢を掴むために挑戦し続ける。
頑張って掴める未来なら、頑張ろうと思った。
勉強して切り開ける未来なら、死ぬほど勉強してやればいい。
100万回、1億回、挫けそうになっても、頑張りさえすればいいのならやってみよう。
挑戦。
僕は自分の周りにある壁をぶち壊す。
逆境こそ成長のチャンスだと自分に言い聞かせながら。
2009年04月28日 チャリプラ
昨日の夜は、チャリプラことチャリティ・プラットフォームが開催した
「定額給付金基金設立記念パーティー」に行ってきた。
Civic Forceの一員として参加することになったのだが、
どういう活動をしているのですか?という質問を参加者から受けて、
なかなか上手く答えられなかった。
Civic Forceには、ピースツールズの一員として関わっている。
ちなみに、ピースツールズというのはピースウィンズ・ジャパンからできた会社である。
世の中は複雑に出来ている。
「定額給付金基金設立記念パーティー」に行ってきた。
Civic Forceの一員として参加することになったのだが、
どういう活動をしているのですか?という質問を参加者から受けて、
なかなか上手く答えられなかった。
Civic Forceには、ピースツールズの一員として関わっている。
ちなみに、ピースツールズというのはピースウィンズ・ジャパンからできた会社である。
世の中は複雑に出来ている。
2009年04月13日 御岳山登山
昨日は、中央線に乗って御岳山登山に行ってきた。
JR中央線青梅駅からさらに先の、御嶽という駅から行くことができる。
駅から、ケーブルカーのある滝本駅まではバスが出ているのだが、
やる気まんまんだったので、最初っから歩いていくことにした。
約50分で滝本駅に到着。
そこから、さらにケーブルカーには乗らずに、1時間かけて登頂した。
頂上には、御嶽神社があって、そこでお参りをした。
599メートルの高尾山に続いて、929メートルの御岳山に遊びに行ったので、
次は、三つ峠とかそこら辺の山に挑戦しようかな。
山登りは、体を動かすので健康になる上、
日常では出会わない風景、植物、動物などに出会う貴重な機会だ。
海もいいけど山も、ストレス発散にはいい。
どんどん、自分の両足で、両手でよじ登って、高い所にある何かを掴みたいと思う。

JR中央線青梅駅からさらに先の、御嶽という駅から行くことができる。
駅から、ケーブルカーのある滝本駅まではバスが出ているのだが、
やる気まんまんだったので、最初っから歩いていくことにした。
約50分で滝本駅に到着。
そこから、さらにケーブルカーには乗らずに、1時間かけて登頂した。
頂上には、御嶽神社があって、そこでお参りをした。
599メートルの高尾山に続いて、929メートルの御岳山に遊びに行ったので、
次は、三つ峠とかそこら辺の山に挑戦しようかな。
山登りは、体を動かすので健康になる上、
日常では出会わない風景、植物、動物などに出会う貴重な機会だ。
海もいいけど山も、ストレス発散にはいい。
どんどん、自分の両足で、両手でよじ登って、高い所にある何かを掴みたいと思う。
2009年04月10日 サッカー部飲み
昨日は、上智のサッカー部の面々と花見をしようということで、四ツ谷に集合した。
はじめ2時間は飲み屋で飲んで、後から真田堀に行こうと話していたのだが、
結局、居酒屋で飲んでいたら居心地が良いので、花見には行かなかった。
まぁ、散りかけてるし、花見というのは集まるための口実だったりするので・・・。
学生時代と変わらず、しこたまお酒を飲んだ。
帰ったら、コンタクトレンズも取らずにリビングで寝てしまった。
はじめ2時間は飲み屋で飲んで、後から真田堀に行こうと話していたのだが、
結局、居酒屋で飲んでいたら居心地が良いので、花見には行かなかった。
まぁ、散りかけてるし、花見というのは集まるための口実だったりするので・・・。
学生時代と変わらず、しこたまお酒を飲んだ。
帰ったら、コンタクトレンズも取らずにリビングで寝てしまった。
2009年04月09日 paxi house
今日は、ブラッドフォードの1つ上の先輩kyoさんが設立した会社の
株式会社旅と平和が経営する「paxi house tokyo」へ行ってきた。
kyoさんは、息子さんが産まれた時に、会社を立ち上げようと決意されて、
第一弾の事業としてこのレストランをオープンしたのだと言う。
これまで、パクチー(コリアンダー)というのは日本ではあまり馴染みがなかったけど、
pax(ラテン語で「平和」の意)+i(人の象形文字)=paxi(パクチー)
という造語を思いつき、また、旅の象徴としての位置づけを付与した時に、
これだという感覚をもつようになったのだろうと想像する。
ビジョンの大きな人なので、これからも新しい展開をしていくのは間違いない。
応援していきたいと思うし、何かコラボしてできることがあれば一緒にやってみたい。
昨日、今日と、非常に良い刺激を受けた。
株式会社旅と平和が経営する「paxi house tokyo」へ行ってきた。
kyoさんは、息子さんが産まれた時に、会社を立ち上げようと決意されて、
第一弾の事業としてこのレストランをオープンしたのだと言う。
これまで、パクチー(コリアンダー)というのは日本ではあまり馴染みがなかったけど、
pax(ラテン語で「平和」の意)+i(人の象形文字)=paxi(パクチー)
という造語を思いつき、また、旅の象徴としての位置づけを付与した時に、
これだという感覚をもつようになったのだろうと想像する。
ビジョンの大きな人なので、これからも新しい展開をしていくのは間違いない。
応援していきたいと思うし、何かコラボしてできることがあれば一緒にやってみたい。
昨日、今日と、非常に良い刺激を受けた。
2009年04月08日 打ち上げ
昨日は、クライアントへの報告書を提出し終えたので、
同僚と笹塚で飲みにでかけた。
これまで、数か月かけて作ってきた報告書だったので、
こうして無事提出することができてホッとした。一緒に手伝ってくれた
Kくんは本当にかゆいところに手が届く仕事をこなしてくれた。
感謝している。
鉄板ベイビーというお好み焼屋にでかけたら、たまたま
その店に来ていたOさんとKさんと出会い、合流して飲んだ。
Oさんは、僕と大学も大学院も同じで、社会人をやっていた時に
色々と新聞などで活躍を拝見していたので、影響を受けていた。
面白い話をポンポンとする辺りはさすがと思った。
同僚と笹塚で飲みにでかけた。
これまで、数か月かけて作ってきた報告書だったので、
こうして無事提出することができてホッとした。一緒に手伝ってくれた
Kくんは本当にかゆいところに手が届く仕事をこなしてくれた。
感謝している。
鉄板ベイビーというお好み焼屋にでかけたら、たまたま
その店に来ていたOさんとKさんと出会い、合流して飲んだ。
Oさんは、僕と大学も大学院も同じで、社会人をやっていた時に
色々と新聞などで活躍を拝見していたので、影響を受けていた。
面白い話をポンポンとする辺りはさすがと思った。
2009年04月05日 高尾山

体を動かしたかったことや、暖かくなってきたこともあり、
京王線に乗って高尾山に行ってきた。
高尾山は、都心から電車で1時間くらいで行けるし、標高599メートルで
登りやすいので、手頃だと思い行くことにした。
一応、運動をしようと思って購入したトレッキングシューズを履いて
稲荷山コースという90分で登頂できる道を選んで登った。
登り始めは、太腿の辺りががしんどくて、このまま登って大丈夫かなぁと
思ったけど、15分を過ぎたあたりからだいぶ楽になってきて、
途中からは気持ちよく山歩きを楽しめた。
頂上で食べるおにぎりと卵焼きは格別に美味しかった。
たまには体を動かすきっかけとして山歩きもいいかも。










