2010年07月13日 フィールド・ミッション・レポート(4)

children


アフガニスタンは多民族国家なので、地方に行くと、トルクメン人だけの村やウズベク人だけの村など、カブールでは出会えない光景に出合う事がある。

そうした単一民族だけが暮らしている場所というのは、コミュニティー内の紛争や争い毎が、民族が入り混じった地域よりも比較的少なく治安も良い傾向がある。それは集団の凝集性が高い事が、コミュニティー内にタリバンなどが入り込むのを予防していると分析できる。この事を別に解釈すれば、アフガニスタンで治安を確保するにはコミュニティーからのサポートがなければ難しいということにもなる。

周辺部に行けば行くほど、アフガニスタンではコミュニティーからのサポートがなければ何もできない事がわかる。見渡す限りの土漠、水源も数十キロ歩かなければなく、不毛な台地が延々と続いている地域が数多くある。そうした地域に行けば、村人の家に匿ってもらう、食べ物を分けてもらう、などしてもらわなければ何もできない事が理解できるはずだ。

バルフ州のウズベキスタンと国境を接する地域にはトルクメン人だけが住む村々が点在している。プロジェクトのモニタリングをしていると、美しい模様をした伝統衣装を着た子供がじっとこっちを見ている。外国人の僕や、カブールからやってきた客人の一向が珍しいのだろうか。

本当は打ち解けて標準レンズで写真を撮ってみたいが、少し距離を置いて望遠レンズで写真を撮ってみる。僕はジャーナリストでも写真家でも何でもなく、あくまでもプロジェクトのモニタリングをする為にここに来ているのだという責任感が邪魔をする。

僕と彼らのフィジカルな距離は、僕と彼らとの心の距離も表している。そして、それは僕たち外部者とアフガニスタン人の間にある距離をも象徴しているのかもしれない。


2010年07月13日:Generalコメント(0)kenta

2010年07月11日 フィールド・ミッション・レポート(3)

pickup


春、両手に広がる緑色の絨毯を脇目にしながら、プロジェクト・サイトに向かう。草原の向こうに広がる小高い丘も背丈の短い草で覆われていて目に鮮やかだ。その丘の上には青い空が広がり、空気はどこまでも乾燥している。

ふと後ろを振り返ると、これまで辿ってきた真直ぐな道が延々と見える。意外と悪くない景色に、灯台もと暗し、盲点を撞かれたような気になる。

同じように、これまで自分が辿ってきた道を、夜、一人で泊まるゲストハウスで考えてみたりする。そして、これから僕は何をしたいのか、限られた時間と力で何を残したいのかも。

すぐに答えは出ないが、それでもフィールド・ミッションは続いていく。道は僕の前にも後ろにも延々と続いている。


2010年07月11日:Generalコメント(0)kenta

2010年07月10日 フィールド・ミッション・レポート(2)

obeh

↑僕の周りを取り囲むコミュニティーの人々

瓦礫が転がる中で、僕は現地の人々に取り囲まれる。

「街が洪水で襲われてどんな助けでも必要なんだ」

「ビスケットを何トンとか送ってくる団体もあるが、何よりも食糧が必要だ」

「次にまたいつ起こるのか、怖くて寝られやしない」

今年の春、アフガニスタンは北部、西部を中心に大規模な洪水に見舞われた。午後になると雨が降る日が続き、河川が増水して、茶色い濁流が氾濫した。洪水は街にも押し寄せ、死者の数も日に日に増えていった。

プロジェクトサイトではありとあらゆるリクエストを受ける。そのリクエストに比べると、僕の果たすべき義務と果たす事ができる事はあまりにも限られている。そもそも、僕は災害対策の為にここに来たわけではないのだ。しかし、それは僕の仕事ではないものでと、会社に入りたての新入社員みたいな受け答えはできない。少なくともそばにいて話を聞くことはできるはずだろう。

スタッフに通訳してもらい話だけは聞く。出来ない約束はしない。ただ、僕は僕の所属する国や組織やそれ以外の何かを代表して、そばにいる。

洪水で家が壊れて、家具を流された人々が、家族を守らなければいけない責任を背負って僕を見つめる。

そこでも嘘みたいな熱風が僕の横を通り過ぎて行く。


2010年07月10日:Generalコメント(0)kenta

2010年07月09日 フィールド・ミッション・レポート(1)

sorkhrod

↑設計図を確認するエンジニア

 何かの間違いみたいな熱風が、ランドクルーザーの開け放した両窓から車内に入り込んでくる。僕は、それを車両に備え付けられたスイッチを入れたてのエアコンが吐き出す風だと勘違いする。しかし、その熱風はエアコンなどではなく、間違いなく外からやってきている風なのだ。

「これは暑いな・・・」

 それが、標高1800メートルあるカブールから、アフガニスタン東部にあるナンガルハル州に入って僕が最初に感じたことだった。ナンガルハル州は隣国パキスタンとトルハム国境で接する最東部の州だ。街を走るオートリキシャや、混然とした喧騒溢れるバザールや、通りを歩く人々などペシャワールにそっくりだ。距離的に近いこともあるが、1979年にはじまる旧ソ連侵攻時代にアフガニスタンからパキスタンに逃れた難民達の往来が、二つの街を相似したものにさせているのだろう。

 ジャララバード市内から車で30分ほどソルフ・ロッドに向かって走る。道端には、将来への不安や悩みというコンセプトすら知らないヤシの木が青い空に向かってスックと伸びている。一方で、僕は個人的な将来への漠然とした不安や援助関係者としてのジレンマや葛藤を抱えながら、ひたすらDIAGによって建設されているコミュニティー・センターの現地視察を行うべく突き進んだ。


(冒頭のみでおしまい)




2010年07月09日:Generalコメント(0)kenta

2010年06月27日 拝啓エンジニアサイブ

アフガニスタンでは、ドクターとエンジニアの社会的地位が他の職業に比べて高い。この二つの職業だけは「サイブ」という敬称と組み合わせて、尊敬の念を込めて「エンジニアサイブ」「ドクターサイブ」と呼ばれるのだ。敬意を込めた言葉なので、自分と対面して話している人の名前がどうしても思いだせなかった場合でも、「エンジニアサイブ」と呼べば失礼になることはない。このテクニックで何度急場を凌いだことだろう。

職に貴賎はないと思いたいが、どのような社会でも職業ごとに人々の尊敬の度合いが異なったり、一目置かれたりすることはあるだろう。そうした職業の社会的地位とでもいうべきものは、それぞれの社会ごとに異なるのだろう。それでは、その相違は社会の中でどのように決定されるのだろうか。

社会の中での職業の地位を決定する際に、社会の中で一番高貴だと考えられている価値への貢献度が高いということは重要だろう。先進国のように正義のある社会を目指している場合では、それを達成するための弁護士であるとか裁判官、ジャーナリストなどはある程度人々の尊敬を集めるかもしれない。また、人の生命を守る医師は多くの社会で地位が高いだろう。これは多くの社会で生命に高い価値を置いているという普遍な意味合いがあるかもしれない。

また、その社会で稼げる収入が高い職業というのも一目置かれるという意味では地位が高いと言えるだろう。日本で言えば、会社役員や企業家や弁護士や医師や公認会計士などがそういう職業に当たるのだろうか。

アフガニスタンでエンジニアの社会的地位が高いという事実は、アフガニスタンの社会においてどういう価値が重要視されているかということを雄弁に語っている。エンジニアにも種類があるだろうが、学校や病院やビルや空港や道路などを設計する人、建設する人が尊敬されるということは、アフガニスタンにおいては国家の発展というものがこうした物質的繁栄によって象徴されているということなのだろう。

反対に、弁護士や会計士や企業家やジャーナリストなどは、アフガニスタンにおいてはエンジニアやドクターに比べて社会的地位は低い。政府役人も同様だ。こうした職業に就いても高い収入を得られないという事が実際には大きな理由だと思うが、アフガニスタンにおいて国家の発展を象徴するものが正義や経済やガバナンスではないからだとも言えるかもしれない。少なくとも、人々がそのように物事を認識しているということは言えるだろう。

発展というものが座標軸上の左から右に延々と進んでいく直線運動なのかどうかわからないし、物質的繁栄という価値と精神的な豊かさという価値のどちらかに優劣をつける社会が真に豊かなのかも僕にはわからない。しかし、エンジニアサイブがエンジニアサイブでなくなった時には、アフガニスタンは現在とは別の何かに価値を見出す社会に移行しているのかもしれない。そんな日を少し夢見たりする僕がいる。

拝啓エンジニアサイブ。エンジニアサイブは今日もお元気ですか。ご家族はみな健康ですか。いかがお過ごしですか。拝啓エンジニアサイブ。またお会いする日を楽しみにしています。ごきげんよう。


2010年06月27日:Generalコメント(2)kenta

2010年06月21日 ひまわり

sunflower

↑綺麗に咲く向日葵

カブールの日差しは一段と強くなりはじめた。向日葵も綺麗に咲いている。バザールでも色々な果物が売られていて、マンゴーやチェリーが旬を迎えている。自然と栄養が不足しがちなので果物で補給しようと思う。


2010年06月21日:Generalコメント(0)kenta

2010年06月20日 カブール戻り

暫く記事を更新していなかったが、日本への一時帰国から戻ってきた。ヘラートに行った後、ジャララバードにも行って、そのまま日本に帰ったのでなんとなく慌ただしくて更新できなかった。

カブールは暑いと書きたいところだが、6月の日本もジメジメとして意外に暑く、気温こそカブールの方が高いものの体感としてはそれほど暑く感じない。

色々と書きたい事はあるのだが、何といっても南アフリカでサッカーのワールド・カップが行われているので今は衛星テレビに釘付けだ。僕は、天才的なフットボーラーにも拘らず、謙虚で控え目な性格のリオネル・メッシが好きなので、アルゼンチンを応援している。もちろん、日本代表も応援しているので、次のデンマーク戦で頑張ってもらいたい。

こちらで退屈しないように、日本からは色々な物を持ってきた。浄水器なんかも持ってきたが、上手く取りつけられるだろうか。一つ一つ試していこう。


2010年06月20日:Generalコメント(0)kenta

2010年05月25日 ヘラートのスライド・ショー追加

ヘラートにあるマズジェデ・ジャーメェの写真をHPにアップしましたので、もしよければご覧下さい。26枚あります。

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http://www.kenta-aoki.com/photos/herat/herat.html

2010年05月25日:Generalコメント(0)kenta

2010年05月21日 ヘラート州 (2)


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↑ヘラート市内にある古いモスク

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↑モスクの近くにあるミナレット(4、5本ある)

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↑まだかすかに残っているミナレットの装飾タイル

ヘラートは内戦時代もあまり戦闘がなかったためか、古い史跡が市内にもたくさん残っている。そこらへんに何気なく何百年も前の建物が残っているというのは、東京で育った僕にはよくわからない感覚なのだが、考えてみたら日本の京都や奈良もそうだから、ヘラートはアフガニスタン人にとっての京都や奈良なのかもしれない。

2010年05月21日:Generalコメント(0)kenta

2010年05月20日 春の大攻勢(spring offensive)

カブールの自爆テロに続いて、5月19日にはバグラム空軍基地がタリバンに攻撃された。午前3時頃、基地のガードが近寄って来た車にスポットライトを当てたところ、攻撃を開始したという。自爆テロ、ロケット、小火器、手榴弾など様々な手法を織り交ぜていたようだ。

毎年(と言ってもカルザイ政権誕生以降だと思うが)、アフガニスタンではサウルの月くらいになるとタリバンは春の大攻勢(spring offensive)をアフガニスタン全土で開始する。一昨日の自爆テロ、昨日のバグラム攻撃などもそれの一環だろう。

Taliban attacks Afghan air base
http://english.aljazeera.net/news/asia/2010/05/201051922930146436.html

2010年05月20日:Generalコメント(0)kenta

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