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■旅行記

インド旅行記

2010年9月10日(金) 第二日目 ニューデリー市内にて

 この日はニューデリー市内を見て回ろうと決めていた。何故なら、タージ・マハールは金曜日が定休日なので、 日曜日にはカブールに戻る今回の旅では翌日の土曜日に行くしかないからだ。実は、土曜日は空いているはずだが イード真っ最中なので休みかもしれないと思って、カブールからわざわざインドの旅行代理店に電話したりしたが、 イードだからと言って特に休みだというわけではないと言っていた。だから、第二日目はニューデリー、第三日目はアグラで タージ・マハールを見て回ることにした。

 第二日目は、朝6時30分のモーニングコールで目が覚めた。僕がモーニングコールを頼んだわけではない。 だから、誰か別の部屋にかけるはずのモーニングコールが間違って僕にかかってきたのだ。迷惑極まりない話しだ。 もう一度ベッドに横たわっていたら、今度は午前7時30分頃、チャイはどうかと受付から電話がかかってきた。 これはもう寝られんと思って、インドのミルク・チャイを頼むことにした。何故、このホテルはどうしても僕を起こそうとするのだろう?

 チャイだけ飲んでから、受付に降りていってトーストとオムレツの朝食を食べた。昨日、受付にいたシェカールという男は、 朝受付に来れば色々情報を教えてあげる、アグラへも車を手配するよなどと言っていたのだが、行ってみても彼はいなかった。 午前9時頃まで待ってみても来ないので、時間がもったいないので出発することにした。


アグラ行きのアレンジメント
 まず、今日するべき事は、明日のアグラ行きの交通手段を確保することだった。それが終わらないとなんだか落ち着かないので、 まずはニューデリー駅へ行く事にした。

 アグラへは列車で旅したいと思っていた。イランの旅では飛行機と列車を組み合わせて旅行したのだが、 列車の旅では出会いがあったりして案外面白かったので、インドでも利用しようと思っていたのだ。朝6時15分頃にニューデリーを 出るSHATABDI EXPRESSという特急があるとインターネットで見たので、それの予約をしに、NEW DELHI RAILWAY STATIONへ出かける ことにした。

 ホテルを出るとオートリキシャーが止まっていたので値段を聞いたら80ルピーだと言う。しかし、3社見積りを取る事に 慣れている身としてはシングル・ソースから選択をすることに抵抗があったので、もう一人別のオートリキシャーの 運転手に聞いたら40ルピーで行ってくれるということだったので2社目で頼む事にした。

likisha
↑早速、インド名物オートリキシャーを試してみる

 このドライバーは日本人が好きらしく、日本人の友達もいるんだとしきりに話してきた。 こういう場合、値段をふっかけてくるケースが経験上多いので、少し警戒をすることにした。そんな中、ニューデリー駅に 向かう途中で、突然、ドライバーはコンノート・プレイスというニューデリーの繁華街にあるTOURIST INFORMATIONに オートリキシャーを横付けした。

「ニホンジンはここでチケットを買う人が多いよ」

とドライバーが言うけど、僕は駅に行くように言ったのだからその通りして、とそっけなく返した。 日本人大好きという上に旅行代理店を紹介してくれるなんて、明らかに嵌めようとしているパターンではないかと思いながら、 ただ40ルピーでニューデリー駅に行ってくれと頼んだ。

20分くらいで駅に着いたので、駅構内に行って外国人専用のチケット売り場を訪ねた。場所がわからないので2階の辺りを ウロウロしていたら、ペンを持ったインド人に、

「列車のチケットはここで買えるよ」

と言われ腕を掴まれた。面識もないのに腕を掴まれた事にカチンと来たので、「Don’t touch me. Go!」と0.001秒くらいで反射的に叫んだら、相手はすぐに手を離した。 正規のチケット売り場の店員が腕を掴むはずがないではないか。しかし、こういう輩に騙されてワケの分からない旅行代理店に 軟禁されて組みたくもないツアーを高額で組まされる人も多いのだろう。

ようやく1階部分でチケット売り場をみつけたが、どうやら改装中で閉まっているみたいだった。そこにいた係員風のインド人に

「チケット売り場はここ?」と聞いたら、

「今チケット売り場は閉まってるんだよ」との返事が返ってきた。

この人もどこかの旅行代理店の人かと疑ってかかって話していたが、

「今は閉まっているからコンノート・プレイスにあるインド政府がやっているTOURIST INFORMATIONでチケットを買って下さい、 バスまで案内しますよ」

と優しく駅のエントランスまで案内してくれたので、この人は優しい係員の人なのだと思った。騙す人もいれば親切な人もいる。

 結局、最初に駅まで連れてきてくれたオートリキシャーのドライバーが、駅前でまだ待機していたので、 彼にTOURIST INFORMATIONまで連れて行ってもらうことにした。値段は10ルピーでいいとのことだった。だから最初から言ったでしょ、 10ルピー無駄にしたね、とドライバーが軽口を叩いてきたが、自分の目でニューデリー駅のチケット売り場が閉まっているという事実を 確認し、そして、自らTOURIST INFORMATIONに行くというプロセスが重要なのだと一人で考えていた。最初からTOURIST INFORMATIONに 行けば良かったというのは結果論であり、その時点ではドライバーと旅行代理店ぐるみの詐欺なのか、本当にニューデリー駅の チケット売り場が閉鎖されているのかはわからなかったのだ。だから、僕は10ルピーと自分の人生の時間の一部を費やしたことを 後悔はしていない。

gate
↑移動中に見かけたゲート。ニューデリーにはこういうものがたくさんある。

 旅行代理店で、列車のチケットを下さいと聞いたのだが、店員の話では、明日はイードなので観光客だけではなく 一般のインド人もたくさんタージ・マハールに行くので列車は満杯だということだった。今日の夕方ニューデリーを出発して、 アグラで一泊するプランを勧められたが、僕はタージ・マハールとアグラ城さえ見られればいいからアグラで一泊する計画は なかったので、その提案は断ることにした。列車案がダメだとすると、車両を借り上げていくしかない(実際には ミニバスもあるのだが、何故か旅行代理店は手配してくれなかった。利益が少ないからか?)。朝6時に出発して夜9時前に帰る、 一日車両借上げだといくらか聞いたら6600ルピーとの返事だった。6600ルピーということは約150ドルである。これは高い。 カブールでも一日カローラ借上げで、高くて5000アフガニーだろう。現地人が交渉すれば3000アフガニー後半から 4000アフガニー代でも充分可能だ。

 そう考えると6600ルピーは余りにも高いので、店の外に出て、泊まっているホテルのシェカールに電話することにした。 シェカールは朝受付に来られなかった事を謝り、アグラへの車代は5500ルピーでいいと言った。面倒なのでそれで決めようかと 思ったが、しかし、やはり高いので、少し待ってくれといってもう一度旅行代理店に入ることにした。

 旅行代理店の日本語を流暢に話すマネージャーは、6600ルピーでも高くないと力説していたが、 5000ルピーしかないんだと告げると、6200ルピーまでなら下げられると言ってきた。渋っていると、 もしお金がないなら、行きが車で帰りが列車なら5000ルピーでいいという別の提案があった。 どういうこと?と聞くと、他にもアグラに行く日本人がいるのでその人の車に同乗して帰りは列車を手配するという ことだったのだが、別の人の車に乗るのは嫌だったし、それなら元々その車を予約していた日本人の方はもっと嫌な 思いをするだろうと思って断った(本来なら、旅行代理店はその人の車両台も値引きしなければいけないはずだが、 そんな丁寧な事をする気配はない)。

 最終的には、エアコンなしの車なら5500ルピーでいいというオファーが出たが、 他にアテがあるといってそのオファーも断った。僕は最終手段としてシェカールに電話して、

「他の旅行代理店は5200ルピーでいいと言っている(嘘)。5000ルピーまで下げてくれるなら使ってもいい」

とブラフをかけた。そうしたらシェカールは、

「君の友達(ネパール人達)はわがホテルの良き顧客なので、5000ルピーでいいよ」

とこちらの提案がブラフともしらずに受け入れてくれた。多少の嘘はついたが、約100ドルで一日車両借上げなら妥当かと思っていると、 外まで旅行代理店のマネージャーが出てきて、5000ルピーでいいよと値段を下げて来た。僕はもう他に決めたからと断ったが、しつこく 何でウチの店でチケットを予約しないんだとネチネチ長い文句を言われた。最後の一連の捨て台詞が腹立ったので、 コンノート・プレイスのTOURIST INFORMATIONに対しては、最終的にはネガティブな印象しかない。最後には5000ルピーまで値段を下げるということは、 それでも対インド人の商売に比べたら相当利益があるということなのだろう。本当は4500ルピーまで下がったかもしれないな。

 取り敢えずは車を抑えたので、ようやくニューデリー観光に出かけることにした。この日、僕が行こうと思ったのは、 ジャマ・マスジッド、ラール・キラー、ハマユーン廟の三か所だったので、場所的に近いジャマ・マスジッドから攻めることにした。 ここまで連れてきてくれたオートリキシャーの運転手にいくらか聞いたら、「今日はイードだから、ジャマ・マスジッドはお休みだよ」 と言われた。この発言にはけっこう信憑性がある。ジャマ・マスジッドは、集団礼拝などで人々が集まるイスラム教のモスクなのだから、 イード初日に観光客を入れないということはありそうなことではあった。しかし、チケット売り場の一件と同様、自分の目で 見てみないと気が済まないので連れて行ってくれと伝えると80ルピーだと言われた。それは高い!と地図から見た距離感で伝えても ラチがあかないので、道を流している別のオートリキシャーに聞いたら、このドライバーも「ジャマ・マスジッドは閉まっている」と 言ってきた。やや絶望的な気分になって、もう一人のドライバーを捕まえて聞いたら「50ルピーでいいよ」とあっさり言われて、 特に閉まっているともなんとも言っていなかった。


ジャマ・マスジッド
 実際に行ってみるとジャマ・マスジッドには観光客が溢れていて、全然閉まっていなかった。 ・・・さっきの嘘は一体何だったのだろう。そもそも高い値段をふっかけてくるのはわかるが、僕がジャマ・マスジッドに行く事を 妨害する意図が全く見えない。そう考えると、さっきの旅行代理店がアグラ行きの列車が満杯というのも嘘なのではないかという 気がしてきた。列車の手配などしてもたかだか数十ルピーの利益しかないが、車両借上げだと多額の利益が出るので、 嘘をついたのではないか。インド人を疑いたくはないが、既に沢山嘘をつかれたので猜疑心が強くなってしまったようだ。

masjidfar
↑タクシーを降りると、遠くにジャマ・マスジッドが見える

 ジャマ・マスジッドは1526年〜1858年頃に栄えたムガール帝国(ムガールはモンゴルの意味、だが初代皇帝バーブルは カブール方面から来たのでモンゴル人の帝国ではなく、ペルシアからの影響が強かった)時代に建てられた。バーブル、 ハマユーン、アクバルと有名な皇帝が続くが、ジャマ・マスジッドが建てられたのは、その後のジャハンギールの次の シャー・ジャハーンの治世だったようだ。ラホールにあるバード・シャヒー・モスクは第三代皇帝アクバルによって建設されたが、 時代は少し違っても非常に似ているという印象を持った。

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↑門の中から見たジャマ・マスジッド

masjidcenter
↑ラホールのバード・シャヒー・モスクに似ている

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↑中庭にいる鳩。鳩はマザリシャリフのハズラト・アリー廟でも印象的だった。

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↑中庭に入るための門

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↑イード初日に集まるモスリム達

masjidleft
↑ジャマ・マスジッドを左手前から撮影

masjidright
↑ジャマ・マスジッドをやや右手前から撮影

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↑なにげなく記念撮影

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↑モスクの周辺には大きなバザールが広がっている

shop1
↑バザールで買い物をする母子

shop2
↑階段で商売をするお店

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↑バザールの風景。広大なバザールだ。

 ジャマ・マスジッドで自分が映った写真を撮ってもらおうとして、近くの欧米人らしき観光客に撮影をお願いした。 撮ってもらっていると、係員が寄ってきて「カメラ持ち込みは200ルピーだ」と言うので、入るときには取られなかったので また騙そうとしているのかと思った。しかし、正門まで戻って良く見てみると大きな看板に「カメラは200ルピー」と書いて あったので払う事にした。もう全部写真を撮り終わった後だったので、お金だけ払って外へ出た。正午頃になっていたが、 多くのイスラム教徒達がすれ違いにモスクにやってきていた。



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