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■旅行記

インド旅行記

2010年9月11日(土) 第三日目 Once-in-a-lifetime-experience タージ・マハール!

 朝5時30分に起きて、午前6時前には受付に下りて行った。5000ルピーを支払い領収書をもらってから、 6時ちょうどにやってきた軽自動車に乗り込んでアグラに向かった。アグラはニューデリーから約190キロ南方にある都市で、 タージ・マハールがあることから多くの観光客が訪れる場所だ。タージ・マハールは金曜日が定休日なので、土曜日に訪れることにした。

 行きの車は快調だったが、午前7時くらいになると予測通り雨が降り始めた。アスファルトで舗装された快適な高速道路を 使ってひたすら南に下った。大体3時間くらいで到着するのかと思っていたが、到着したのは午前10時30分だったから 4時間30分かかったことになる。バナナとリンゴを食べて寝ていただけだから特に問題はないが、列車の方が時間は かからなかったかもしれない。

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↑道端でくつろぐ牛。

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↑牛の間を縫うようにして走る人間達。

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↑中央分離帯でくつろぐ牛。


荘厳タージ・マハール

 アグラ市内に入った後は、真直ぐタージ・マハールに向かってもらうことにした。門の前で降ろしてもらい、 チケット売り場まで歩いた。タージ・マハールは門の中に車が入れないので、門から入り口まで歩いて数分かかる。 門のところにモーターサイクル・リキシャが待機していて、ここから入口までは数キロあるから乗って行けと客引きをしているが、 歩いて行ったら500メートルくらいの大した事ない距離だった。また嘘をつかれて余りいい気分がしない。

 タージ・マハールの入場料は、インド人は20ルピーだが、外国人は750ルピーかかる。けっこうよいインド政府の歳入に なっているのではないだろうか。750ルピーには500mlの水代も含まれているのでペットボトルをもらって中に入った。

 タージ・マハールは、第5代皇帝のシャー・ジャハーンが王妃ムムターズ・マハルの為に建築したお墓だ。その美しさから 日本の世界史の教科書にも必ず乗っている歴史的建築物なので、ほとんどの日本人は知っているだろう。実際に見る タージ・マハールは荘厳で美しくて綺麗な左右対称になっている。前庭にある泉に反射する姿は、まるで日本の逆さ富士の ような風情があったりもする。

 しかし、実際にインドに来てみるとニューデリーだけでもタージ・マハールに近いクラスの建物が数多くあるので、 歴史的に見てタージ・マハールにしかないという程の価値がどれほどあるのかはわからない。これだけの建築物を作る為には 莫大な資産や労働力が必要であろうから、ムガール帝国の栄華を象徴していている事は確かだが、これがあの歴史的イベントが 起こった場所か、というような歴史への感慨や驚嘆は日本人の僕には余り感じられない場所でもある。

 しかも、ムガール帝国の皇帝や王妃の名前というのはパキスタンなどではレストランの名前になっているので、 妙な親近感を覚えてしまうのも事実だ。ジャハンギールとかムムターズとか聞いても、僕にはカレー屋さんの名前にしか 聞こえない。。。不謹慎ですみません。

 タージ・マハールの撮影に際しては真正面から撮影するのが正攻法だ。恐らく真正面から撮影することで 一番綺麗に見えるように建築されているのだろう。しかし、予定調和に陥りたくない僕としてはいくつかの異なる角度から撮影して、 いろんな表情を浮かびあがらせることも試みた。本来なら、朝焼けや夕焼けの景色や夜景など、時間帯を変えて撮影してみたい ところだが、今回は時間がないので出来なかった。

 タージ・マハールを見ながら考えたのだが、こういう余りにも美しい建物を見ていると、それを破壊してみたいという発想をするのは僕だけだろうか。 物理的に破壊したいわけではない。しかし、真正面からではなく斜めから写真を撮ってみるだとか、 あるいはある妄想を企てたりする。妄想とは、例えばタージ・マハールでエマーソン・レイク・アンド・パーマーが 『展覧会の絵(Pictures at an Exhibition)』を生演奏したら面白いのではないだろか、とか、レッド・ツェッペリンが 『胸いっぱいの愛を(Whole Lotta Love)』を演奏したら凄くクールなのではないか、とかそういうことだ。ジミー・ペイジの エレキギターがタージ・マハールを切り裂くのなんてきっと爽快だろうなと思ったりする。あるいは、X Japanの『紅』でも『X』でも 構わないと思う。『X』を演奏して何万人のファンが腕をクロスして飛び跳ねている情景を想像しただけでもなんだか面白い。 こんなことを考える僕は少しおかしいのだろうか。但し、組み合わせは重要だ。演奏者は絶対にサザン・オールスターズではない。 何故なら、サザン・オールスターズは基本的に演歌だからだ。ビートルズでもないが、ホワイト・アルバム前後のビートルズなら ありだと思う。『Everybody’s Got Something to Hide Except Me and My Monkey』なんか演奏したら最高だろうな。

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↑タージ・マハールの前にある門と、観光をするインド人たち。

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↑ドーム型に切り取られたタージ・マハール

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↑正面から撮影した様子

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↑少し左側から全景を捉えた様子

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↑右手前から撮影した様子

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↑タージ・マハールの中にあるモスク。他の場所ならこれだけで観光名所になり得る。

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↑タージ・マハールへの入り口

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↑タージ・マハールの内部の様子

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↑裏側にはヤムナー川が流れている

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↑タージ・マハールの大きさがわかる

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↑左手前から撮影

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↑ミナレットとタージ・マハール

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↑少し右側から撮影

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↑望遠レンズで正面を撮影

 じっくり2時間くらいかけてタージ・マハールを見終わったら大分疲れた。もう午後1時くらいになっていたので、 ドライバーとランチを食べることにした。

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↑レストランに向かう途中にて。どういう交通ルールなのかよくわからない。


lunch
↑ランチに食べたチキン・マサラ、ダール、ナン。

 観光地だけあって味は大したことない上に510ルピーも取られた。アグラのような観光地は、人が悪い。 タージ・マハールを見終わった後にも一つトラブルがあった。モーターサイクル・リキシャを試してみようと思って交渉したところ、 10ルピーだというのでお願いして、支払の段になったら「10ドルだよ」と平気な顔をして言って来た。余りに腹が立ったので、 胸の辺りを小突いて、思い切り威嚇の声を発した。こうした言葉が通じない環境で怒りを伝えるのは、ボディ・ランゲージしかない。 暴力的手段を用いなくとも、相手を威嚇することは可能だ。人間も動物である。大きな声で叫ぶ、眼を剥いて怒る、暴力まで いかなくても近くにあるものを叩く、などをされると委縮してしまうものだ。ここは断固として優位を示さなくてはならない。 20ルピーを出して、「10ルピーを返せ」と言って、お釣りを受け取ってその場を後にした。

 こんなことは本当ならしたくもない。実際、こんなことをした後には自分が嫌な気持ちになって、あの若いドライバーを 悪い気分にさせたなと相手を嫌な気持ちにさせたことさえも嫌になってくる。元々、彼だって人を騙すような人間では なかったかもしれない。そう考えると、金払いの良い観光客が現地のインド人をスポイルしたということが言えるのではないか。 実際のサービスに見合った金額を観光客が払い続けていれば、真面目に働いたものが報われるという規範が形成されて、 皆まじめに働くはずなのだ。しかし、中にはぼったくる人間が現れる。そしてそれに対してお金を支払う人間も現れる。 真面目に生きたものが報われる社会ではなく、如何に生き馬の目を抜くかが勝負の社会がそこに登場する。

 人間にも組織にもキャパシティーというものがある。それを越えるリソースが流れ込むと、そのリソースは その人間や組織をスポイルしてしまう。お金持ちの放蕩息子、援助漬けにされた発展途上国、そして現在のアフガニスタンも そういう社会に向かっているのかもしれない。9.11から9年が経った。アメリカは2001年の10月7日にアフガニスタンの タリバン政権がオサマ・ビン・ラディンを匿っているとして空爆を開始した。タリバンは政権を追われて、「反政府勢力」、 「テロリスト」のラベルを烙印されることになった。

 彼らは今も闘っている。空爆をしたアメリカ、そして彼らがアメリカの傀儡政権と呼ぶカルザイ政権と、 自分達の尊厳をかけて闘っている。それは、貧しいから仕方なく参加しているというような闘いではないのではない。 国際社会は、そうした彼らを反政府勢力と呼ぶ。そして中央政府側に大量の資金を流し込み、あまり能力の高くないアフガン人も 国際機関で働き多額の給料を得るようになる。しっかり成果を出せば援助が増えて給料が上がっていくというようなシステムではなく、 ゲームを演じたものがより多額の援助を得て、ゴネたものが昇進をするというような誤った規範が一般化していく。そして、 国際社会がフェードアウトして行った後、自分達の国アフガニスタンのことを思い、人生を賭けて仕事をするようなリーダーが 育っていかなくなってしまう。観光客がインドをスポイルした。しかし、僕たちはアフガニスタンをスポイルしてはならない。



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